現場監督Sさん

我が社の昭和2年生まれの現場監督のSさんは、今年満79歳です。全国中でも最高齢の現役の監督さんの一人でしょう。
建築屋の職場環境は、夏暑く・冬寒いです。その中で現役の監督として職人さんと一緒に働く監督業は、体力勝負です。
建設現場の監督さんの仕事は、お客様の求められている内容を把握し、それを実現させることです。工期・品質・コストを守り現場をスムーズに進めて行くことです。
働く事を“傍楽(はたらく)”と言う人が居ます。監督さんの指導が、当然の事ながら邪魔になったり、負担になったりしたらあかんのです。
Sさんの場合、経験は当然の事ながら豊富です。千里ニュータウン・千里万博で地域に落ちたお金で建てさせて頂いた多くの家に係わってきました。
当時は、豊富な資金を背景に材料を吟味して競って建てさせて頂けたのです。
今の監督さんではなかなか体験できない実績と言えるでしょう。
それだけに材木の知識や天然素材を加工する技術を知らなければ監督として指揮は出来なかったでしょう。

古き良き時代と言いますが、Sさんが経験した時代は中小工務店が生き生きと仕事の出来た、そんな時代であった言えると思います。
建築技術者の意見を信頼し施主も素直に専門家の意見を聞き入れてくれたのです。
現在は、あふれる情報に振り回されますし、Sさんの様に筋を通 す頑固な技術屋は、どちらかと言うと嫌われる傾向かもしれません。

水と空気とエネルギーが、地球上で人間が暮らすために必要な3要素です。建築は、そんな要素と一体になって出来上がっています。
Sさんが過去に係わってきたお宅に入らせて頂きますと空気の違いを感じますし落ち着きます。高気密・高断熱の家では味わえない実感です。

ハウジングセンターのモデルハウスを見ていますと、現代風のデザインの良い物が沢山あります。我々も時折見学に行っては、上手くデザインするなと感心して帰ってきます。
でも建物の表層って、そんな薄っぺらい物なのでしょうか、それらは本当に10年後、20年後になっても味わいのある雰囲気を残せているのでしょうか、人間の表情と同じで本当はもっと奥深いモノではないのかと同業の仕事の観点から考えてしまうことがあります。

商売ですから家も商品として顧客が飛びつくデザインづくりも必要な条件ですが、「男の顔は、履歴書」と言います、家も年を経るごとに味わい深く変化して行く様な造り方を永年、日本の家屋はして来た様に思います。

Sさんの話に戻ります。高齢になっても現役として働けるのは、永年培ってきた慣れがあるからだと思います。
今年の暑かった夏も現場で職人さんと一緒になって動いていました。現場に出ていない者が、突然働き出してもなかなか続けられるものではありません。
現代の若者は、楽で実入りの良い仕事を探します。そんな人には、対象にはならない厳しい仕事です。
建設業の現場で目立つのは、頑張る中高年の姿です。彼らの夢は生涯現役ですが、Sさんの様に80歳まで元気で働いているケースには、私の知っている限り出会った事がありません。
Sさんの場合は、人生半ばで大病に出会い、健康管理が十分成されてきた成果 だと思います。それは、他の職人さんにも見習って欲しい手本です。

2006.9.03