『兄弟3(惜別 )』

老人が一人木陰で休んでいます。
5月の乾燥した風が心地よく吹き、至福の時間を楽しんでいます。

我々は、何時からこれ程までに欲深くなったのでしょうか。
地球上のこんな爽やかな時を独り占めにしてこれ以上の幸せはないではないか!

私の実姉が亡くなりました。そしてその時、人が危篤状況になると病院では、個室に移される事を知りました。
その806号病室で10人の家族に看取られながら穏やかに息を引き取りました。
昭和19年生まれの満65歳。
兄弟に死別して送る機会を持ちますと自分達に残された時間が限られている事を改めて思い知ります。

長生きしたい、楽に暮らしたい。そんな欲望は、人をつき動かす原動力と言われますが、こんな野辺送りを経験しますと穏やかな時間が自然に流れている中に身を置かせてもらっているのが一番幸せの様に感じます。おばあちゃん、両親と目の前で臨終に立ち会う体験を持った私の実感です。
しかし、穏やかな日々と言うのは自分の周囲に意外に少ないのが現実です。

姉の携帯電話のメールの履歴が沢山残っていました。
友達と交信しているのも死ぬ6日前です。
お友達が最後まで普通通りで、こんなに悪いとは気付かなかったと言いました。
毎日の様に遣り取りが有ったのに返信してこなくなったので、家族に連絡をしてきたのもメールと言う手段の日常性のお蔭でした。途切れたメールのお蔭でした。
慌てて昏睡状態になった病院の姉の元に見舞いに幾人かが駆け付けてくれました。

私にも送ってきていたメールが当たり前ですが、届かなくなりました。
通夜・告別式の時、姉のお棺を大勢の人が覗いていきました。
顔を見てお礼を言いたいという人達や死んだとは信じられへん直接、声を掛けたいという人達でした。
通夜の晩の短大時代のお友達3人の対応は姉に向って15〜20分位 に及びました。
友達と仲良く付き合い、民生委員や自治会の活動を母親の死後活発にしてきた姉の人となりが伺える風景でした。

今年の桜は、病室からしか見られませんでした。しかし、新緑の明るいいい季節に旅立ったものです。
贅沢は言いません、ただこの心地よい空間で静かにお茶をいれて好きだった松竹堂さんの和菓子でも間に挟んで談笑するだけでいいのです。そんな時間をもう少し楽しませてあげたかったと欲が出てしまいます。

天童 荒太さんの直木賞受賞作『悼む人』で主人公 坂築静人が人の亡くなった場所で聞いて歩きます
「この方は、誰に愛され、誰を愛し、どんなことで人に感謝されたか」
と。
注目されない死、かえりみられない死がある現実を知り、死それぞれの重さは変わらないのになぜ?という悲しみの心象を心に刻むために彼は行脚を繰り返します。

今年の本屋大賞を受賞した湊かなえさんの『告白』では、4歳の愛娘を殺された1年B組担任、森口悠子先生が癒されぬ 思いをゲーム感覚でしかない未成年の犯人に巧妙な手段を使って追い込み、思い知らせるという内容でした。
具体的に行動する二人の主人公。 確かに、癒されない心、他人の悲しみは他人には理解できません。
庶民の一生でも平坦なだけの生涯はありません。時には一緒に過ごし、時には身近に眺めていた我々が、その身内を失った寂しさから開放されるのは時間経過しかないのでしょうか・・・

2009.5.23